波間の国のファウスト
作品紹介
無料会員登録するとサンプル動画が見放題ですよ
あの日、幼馴染たちと見上げた青空を、まだ覚えている。若草つぐみが笑って手を振って。早乙女凪が口を尖らせそっぽを向いて。滝沢和彦がいつものように突っかかってきて。そして、渚坂白亜が静かに微笑んだ。置き去りにした過去が心を締め付ける。透明な硝子に映る空は変わらず青いのに、その空の下にいた私たちは変わってしまった。直島経済特区。経済を活性化させる特例法が敷かれ、世界で最も資本の集まる島。世界中の投資家たちが集まり、日々巨額の富が動く。若者達は島唯一の学園へと通い、夢を競い合う。金の前には全ての人が平等な世界。富こそ至福と信じ創られた、ビジネスの楽園だ。結城律也がこの地を離れて三年。ロンドンの名門ファンド・ストラスバーグに勤めていた彼は、この金の亡者たちの天国に帰ってきた。特区最大のファンドマネージャー選抜試験に参加するために。――たとえ幼馴染たちと喰らいあうことになろうとも。あの日、微笑むあなたに問いかけた。「だってさ、この世界は、カネが全てなんだろ?」はじめはただ欲しかった。「そうね。お金があれば、自分にないものを手に入れることができるわ」その言葉をただ無邪気に信じた。皆で幸せになりたいと願って。青空の下で聞いた言葉をまだ覚えている。儲けて失って、失ったものを取り戻そうとして。そうして失い続けるなら、はじめから無いのと同じこと。『どれだけ稼げば、取り戻せますか?』答える言葉は、今はもう無い。